1.ここ数年、司法試験の結果が出るたびに注目されるのが、予備組の結果です。今年は、予備試験合格の資格で受験した400人中、374人が合格。受験者合格率は、93.5%でした。9割を超えたのは、これが初めてのことです。以下は、予備組が司法試験に参入した平成24年以降の予備試験合格の資格で受験した者の合格率等の推移です。元号の省略された年の表記は、平成の元号によります。
年 | 受験者数 | 合格者数 | 受験者 合格率 |
前年比 |
24 | 85 | 58 | 68.2% | --- |
25 | 167 | 120 | 71.8% | +3.6 |
26 | 244 | 163 | 66.8% | -5.0 |
27 | 301 | 186 | 61.7% | -5.1 |
28 | 382 | 235 | 61.5% | -0.2 |
29 | 400 | 290 | 72.5% | +11.0 |
30 | 433 | 336 | 77.5% | +5.0 |
令和元 | 385 | 315 | 81.8% | +4.3 |
令和2 | 423 | 378 | 89.3% | +7.5 |
令和3 | 400 | 374 | 93.5% | +4.2 |
今年は、予備組の受験者数が昨年より23人減少しました。これは、昨年の予備合格者が一昨年より34人減少した(「令和2年予備試験口述試験(最終)結果について(1)」)ことによるものでしょう。
予備組の合格率の推移は、基本的に、受験者全体の論文合格率の変動と相関します。以下は、受験者全体の短答合格者ベースの論文合格率及びその前年比との比較です。
年 | 予備組の 受験者 合格率 |
前年比 | 受験者全体の 論文合格率 |
前年比 |
24 | 68.2% | --- | 39.3% | --- |
25 | 71.8% | +3.6 | 38.9% | -0.4 |
26 | 66.8% | -5.0 | 35.6% | -3.3 |
27 | 61.7% | -5.1 | 34.8% | -0.8 |
28 | 61.5% | -0.2 | 34.2% | -0.6 |
29 | 72.5% | +11.0 | 39.1% | +4.9 |
30 | 77.5% | +5.0 | 41.5% | +2.4 |
令和元 | 81.8% | +4.3 | 45.6% | +4.1 |
令和2 | 89.3% | +7.5 | 51.9% | +6.3 |
令和3 | 93.5% | +4.2 | 53.1% | +1.2 |
予備組は、短答でほとんど落ちないので、受験者全体の論文合格率との相関が高くなるのです。論文が受かりやすい年は、予備組の合格率は高くなりやすく、論文が受かりにくい年は、予備組の合格率は下がりやすいというわけです。
2.とはいえ、全体の論文合格率との相関性だけでは、93.5%という圧倒的な合格率の説明としては、不十分でしょう。どうして、ここまで圧倒的な合格率になったのか。まず、思い付くのは、「予備組は上位層が多いので、全体の合格率が上がった場合の恩恵を強く受けやすいからだ。」という仮説です。この仮説の意味は、以下のような単純な例を考えると、理解しやすいでしょう。
受験生 | 得点 |
A(予備) | 100 |
B | 90 |
C(予備) | 80 |
D(予備) | 70 |
E(予備) | 60 |
F | 50 |
G(予備) | 40 |
H | 30 |
I | 20 |
J | 10 |
受験生AからJまでの10人が受験して、上位3人が合格(全体合格率30%)するとします。この場合、予備組は、ACDEGの5人のうち、AC2人が合格となるので、予備組の合格率は40%です。一方、予備組以外は、BFHIJの5人のうち、B1人が合格で、合格率は20%。これが、上位5人合格(全体合格率50%)となると、どうなるでしょうか。この場合、予備組は、ACDEGの5人のうち、G以外の4人が合格となるので、予備組の合格率は80%にまで上昇します。一方、予備組以外は、BFHIJの5人のうち、B1人の合格で、合格率は20%のまま。これが、「上位層が多いと、全体合格率上昇の恩恵を強く受けやすい。」ということの意味です。
この仮説が正しいとすれば、同じく上位層が多いと考えられる上位ローの既修も、大きく合格率を伸ばしてくることでしょう。以下は、東大、京大、一橋及び慶応の法科大学院既修修了生の合格率等をまとめたものです。
法科大学院 | 受験者数 | 合格者数 | 受験者 合格率 |
東大 既修 |
108 | 73 | 67.5% |
京大 既修 |
134 | 101 | 75.3% |
一橋 既修 |
78 | 51 | 65.3% |
慶応 既修 |
179 | 107 | 59.7% |
確かに、上位ロー既修はそれなりに高い合格率です。しかし、それほど大したことはない。予備組のような、圧倒的な数字にはなっていません。そこで、さらに令和2年度修了の既修に限った数字をみると、以下のようになります。
法科大学院 | 受験者数 | 合格者数 | 受験者 合格率 |
東大 既修 |
84 | 65 | 77.3% |
京大 既修 |
101 | 86 | 85.1% |
一橋 既修 |
65 | 46 | 70.7% |
慶応 既修 |
111 | 76 | 68.4% |
令和2年度修了の既修に限れば、相応に高い合格率であることがわかります。以前の記事(「令和3年司法試験の結果について(6)」)でも説明したように、「既修」と「修了年度が新しい」という要素を兼ね備えていると、法科大学院修了生のカテゴリーの中では最強となるので、このような結果となるのです。このことから、「予備組は上位層が多いので、全体の合格率が上がった場合の恩恵を強く受けやすいからだ。」という仮説で、相当程度は説明できているといえるでしょう。もっとも、令和2年度修了の既修に限った数字と比較しても、予備組の合格率は異常に高い。その意味では、この仮説だけでは、まだ説明しきれていない部分がありそうです。
3.「予備組は上位層が多いので、全体の合格率が上がった場合の恩恵を強く受けやすいからだ。」という仮説だけでは説明できない部分。その謎を解く鍵は、予備組の年代別合格率にあります。以下は、予備組の年代別の受験者合格率等をまとめたものです。
年齢 | 受験者数 | 合格者数 | 受験者合格率 |
20~24 | 230 | 224 | 97.3% |
25~29 | 59 | 57 | 96.6% |
30~34 | 37 | 35 | 94.5% |
35~39 | 24 | 20 | 83.3% |
40~44 | 18 | 14 | 77.7% |
45~49 | 10 | 8 | 80.0% |
50以上 | 21 | 15 | 71.4% |
この数字だけを見ても、「ふーん。」という感じの人もいるでしょう。この数字の意味は、平成28年の結果と比較すると、よくわかります。以下は、その比較表です。参考のため、再下欄に各年の受験生全体の合格率を記載しています。
年齢 (最下欄を除く) |
令和3年 | 平成28年 |
20~24 | 97.3% | 94.2% |
25~29 | 96.6% | 72.7% |
30~34 | 94.5% | 43.5% |
35~39 | 83.3% | 45.6% |
40~44 | 77.7% | 23.6% |
45~49 | 80.0% | 22.5% |
50以上 | 71.4% | 31.4% |
受験生全体 論文合格率 |
53.1% | 34.2% |
20代前半だけをみると、平成28年当時から合格率は9割を超えており、今年とほとんど変わりません。しかし、それ以降の年代をみると、顕著な差があることに気が付くでしょう。平成28年当時は、年齢が高くなるにつれて、合格率の低下が顕著でした。とりわけ注目すべきは、40代以上の世代で、受験生全体の論文合格率を下回っていた、ということです。それが、今年の数字をみると、50代以上でも合格率が7割を超えており、受験生全体の論文合格率を大きく上回っていることがわかります。それだけでなく、前記2でみた令和2年度修了の既修と比較しても、一橋(70.7%)、慶応(68.4%)を上回っているのです。高齢世代の合格率上昇は、近年の傾向でした(「令和2年司法試験の結果について(8)」)。それが今年は、さらに顕著となった。この高齢世代合格率の顕著な上昇が、今年の予備組の圧倒的な合格率の要因となっているのです。高齢世代に上位層が多かった、というのは、従来の合格率の低さからちょっと考えにくいでしょうから、これは、「予備組は上位層が多いので、全体の合格率が上がった場合の恩恵を強く受けるからだ。」という仮説だけでは説明できない部分といえるでしょう。
4.高齢世代合格率の顕著な変化。その背後には、論文を攻略するための重要なヒントが隠れています。
(1)そもそも、従来、なぜ高齢になると合格率が急激に下がっていたのか。その要因は、2つあります。1つは、以前の記事でも説明した「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則です(「令和3年司法試験の結果について(6)」)。不合格者が翌年受験する場合、必ず1つ歳をとります。不合格を繰り返せば、どんどん高齢になっていく。その結果、高齢の受験生の多くが、不合格を繰り返した「極端に受かりにくい人」として滞留し、結果的に、高齢受験者の合格率を下げていた。これは、年齢自体が直接の要因として作用するのではなく、不合格を繰り返したことが年齢に反映されることによって、間接的に表面化したものといえます。
もう1つは、年齢が直接の要因として作用する要素です。それは、加齢による反射神経と筆力の低下です。論文では、極めて限られた時間で問題文を読み、論点を抽出して、答案に書き切ることが求められます。そのためには、かなり高度の反射神経と、素早く文字を書く筆力が必要です。これが、年齢を重ねると、急速に衰えてくる。これは、現在の司法試験では、想像以上に致命的です。上記の「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則とも関係しますが、論点抽出や文字を書く速度が遅いと、規範を明示し、問題文の事実を丁寧に書き写すスタイルでは書き切れなくなります。どうしても、規範の明示や事実の摘示を省略するスタイルにならざるを得ない。そうなると、わかっていても、「受かりにくい人」になってしまうのです。この悪循環が、上記のような加齢による合格率低下の要因になっていたのでした。
(2)では、最近になって、高齢世代の合格率が急激に上昇したのはなぜか。加齢による反射神経と筆力の低下が生じなくなった、ということは、ちょっと考えられない。ですから、近年の高齢世代の合格率の急上昇は、「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則が、あまり作用しなかった、ということになる。平成29年の段階で、当サイトではそのような説明をしていたのでした(「平成29年司法試験の結果について(9)」)。その傾向が、どんどん強まってきているといえます。
ではなぜ、「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則が、あまり作用しなくなったのでしょうか。当サイトでは、数年前から、上記の「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則が生じる原因が、答案の書き方、スタイルにあることを繰り返し説明するようになりました(「平成27年司法試験の結果について(12)」)。平成27年からは、規範の明示と事実の摘示に特化したスタイルの参考答案も掲載するようになりました。その影響で、年配の予備組受験生が、規範の明示や事実の摘示を重視した答案を時間内に書き切るような訓練をするようになったのではないかと思います。「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則は、どの部分に極端な配点があるかということについて、単に受験生が知らない(法科大学院、予備校等で規範と事実を書き写せと指導してくれない。)という、それだけのことによって成立している法則です。ですから、受験生に適切な情報が流通すれば、この法則はあまり作用しなくなる。正確な統計があるわけではありませんが、当サイトの読者層には、年配の予備試験受験生が多いようです。法科大学院や予備校の指導に疑問があって、色々調べているうちに当サイトにたどり着くケースが多いようです。その影響が一定程度あって、年配の予備組受験生については、正しい情報が流通するようになったのではないか。今年は、30代以上の受験生は110人で、そのうちの92人が合格です。この92人のうちの相当数が当サイトの影響を何らかの形で受けていたとしても、それほど大げさではないのかな、という気がしています。それはともかくとしても、一橋や慶応の直近修了の既修にすら勝てるレベルになったというのは、重要です。加齢による反射神経や筆力の衰えは、意識的に規範と事実に絞って答案を書くなどの対策をすることによって、克服できることを示しているからです。
5.最近では、法科大学院修了生の間でも、当サイトを通じて、規範の明示と事実の摘示の重要性を知る人が増えてきているようです。そうなると、この傾向は予備組だけに限らず、法科大学院修了生にも及ぶようになるでしょう。以前の記事で説明したとおり、「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則は、修了生との関係では修了年度別の合格率に反映されます(「令和3年司法試験の結果について(6)」)。したがって、修了年度別の合格率に傾向変化が生じれば、その兆候を知ることができる。背後にある要素が変動した場合にどの数字に現れるかを理解しておくと、一般的に言われていることとは異なる、とても興味深い現象を把握することができるようになるのです。