1.以下は、予備試験論文式試験の合格点及び平均点と両者の差の推移です。年の表記において省略された年号は、平成を指します。
年 | 論文 合格点 |
論文 平均点 |
合格点と 平均点の差 |
23 | 245 | 195.82 | 49.18 |
24 | 230 | 190.20 | 39.80 |
25 | 210 | 175.53 | 34.47 |
26 | 210 | 177.80 | 32.20 |
27 | 235 | 199.73 | 35.27 |
28 | 245 | 205.62 | 39.38 |
29 | 245 | 208.23 | 36.77 |
30 | 240 | 200.76 | 39.24 |
令和元 | 230 | 191.58 | 38.42 |
令和2 | 230 | 192.16 | 37.84 |
令和3 | 240 | 197.54 | 42.46 |
令和4 | 255 | 210.45 | 44.55 |
予備試験の論文は各科目50点満点で、10科目です(「司法試験予備試験の実施方針について」)。したがって、今年の合格点である255点は、1科目当たりにすると、25.5点。同様に、今年の平均点である210.45点は、1科目当たり概ね21点ということになります。合格点と平均点との間の差は、1科目当たり4点強だということもわかります。
さて、上記の得点は、考査委員が採点する上で、どのくらいの水準とされているのでしょうか。各科目の得点と評価の水準との対応は、以下のようになっています。
(「司法試験予備試験の方式・内容等について」より引用。太字強調は筆者。) (2) 各答案の採点は,次の方針により行う。 ア 優秀と認められる答案については,その内容に応じ,下表の優秀欄の範囲。 イ 良好な水準に達していると認められる答案については,その内容に応じ,下表の良好欄の範囲。 ウ 良好とまでは認められないものの,一応の水準に達していると認められる答案については,その内容に応じ,下表の一応の水準欄の範囲。 エ 上記以外の答案については,その内容に応じ,下表の不良欄の範囲。 |
|||||
優秀 | 良好 | 一応の水準 | 不良 | ||
50点から38点 (48点) |
37点から29点 | 28点から21点 | 20点から0点 [3点] |
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(引用終わり) |
合格点は、一応の水準の真ん中くらい。平均点は、ぎりぎり一応の水準になる数字であることがわかります。このことは、合格を目指すに当たり、優秀・良好のレベルを目指す必要は全然ないことを意味しています。
当サイトでは、①基本論点の抽出、②規範の明示、③事実の摘示が、司法試験と予備試験に共通する合格答案の基本要素であることを、繰り返し説明してきました(近時の司法試験の検証によってもその傾向は変わらないと考えられる点につき、「令和4年司法試験の結果について(12)」参照。)。再現答案等を見ると、予備試験は、司法試験よりも①の要素で合否が分かれやすく、②・③はできていなくても合格水準に達している場合が多いと感じます。予備試験の場合、当たり前に書けるはずの基本論点を落としてしまう人がかなりいます。基本論点を抽出できないと、それ以降の規範の明示や事実の摘示も自動的に落とすので、配点をすべて落とすことになる。その結果、それだけで不良に転落することになっていきます。そのような答案が、予備試験では普通にあるのです。そのために、基本論点さえ拾っていれば、多少規範が不正確だったり、当てはめの中に規範が紛れているような書き方をしても、合格できてしまうことがある。当てはめについても、そもそも予備は司法試験ほど問題文の事情が詳細でないこともありますが、それにしても全然事実を引いてないよね、という答案を書く人でも、論点落ちがなければ受かってしまったりするものです。もっとも、そのような書き方だと、周りの出来によっては不合格になる可能性がありますし、仮に受かっても、そのような受かり方をした人は、司法試験の方で苦戦しがちなので、おすすめはできません。今年、そのような受かり方をした人は、司法試験に向けて、上記の点を意識して修正する必要があります。
上記のように、優秀・良好は合格に不要である、という話をすると、「それは間違いだ。普段の学習で一応の水準を狙っているようでは、実際の本試験では不良になってしまう。だから、優秀・良好を狙う勉強をすべきだ。」などという人がいます。これは、短答と論文の特性を理解していないものであり、誤っていると思います。短答は、基本的に知識量がそのまま得点に結び付きますから、普段から合格点ぎりぎりの知識しか勉強していなかったら、本試験でケアレスミスをしたり、少し難しい問題が出題されたときに、不合格になってしまいます。ですから、短答は、確実に合格点を超えようとするなら、普段の学習で、それなりに上位の得点を取れるようになっておく必要があります。当サイトでも、予備試験の短答の場合、法律科目で7~8割が目標であるとしています(「令和4年予備試験短答式試験の結果について(2)」)。しかし、論文は、知識量がそのまま得点に結び付く試験ではない。時間内に何文字書けるか、という要素によって、書ける上限が画されてしまうからです。知識的には4頁びっしり書ける水準であっても、文字を書く速度が遅くて2頁しか書けないのであれば、2頁分を超える配点を取ることは物理的に不可能です。しかも、現在の論文は、規範の明示と事実の摘示に極端な配点がある。そのスタイルで書こうとすると、それだけでかなりの文字数が必要です。論文で不合格になる人の多くは、優秀・良好を狙っていなかったから不合格になっているのではありません。むしろ、優秀・良好を狙うあまり、自分の筆力に見合わない文字数を書こうとして途中答案になってしまったり、理由付けや評価を優先して規範の明示や事実の摘示が雑になったりしてしまっているからなのです。すなわち、不合格の真の原因は、単純に筆力不足であるか、規範の明示と事実の摘示というスタイルで書けなかったというだけのことなのです。そのような理由で不合格になっている人に対し、「優秀・良好を狙う勉強をすべきだ。」などと指導することは、逆効果でしかありません。そのような人が採るべき対策は、「優秀・良好を狙う勉強をすること」ではなく、「規範の明示と事実の摘示というスタイルで書くクセを身に付けること、そのスタイルで書き切れるだけの筆力を身に付けること」です。そのようなスタイルで書き切れるようになった上で、なお時間的に余裕が出てきたのなら、事実に評価を付してみる。さらに余裕があれば、規範に理由付けを付してみる。それだけでも、十分に上位答案になってしまいます。このようなことは、司法試験の出題趣旨・採点実感や再現答案などの情報を確認し、実際に自分で答案を書いて物理的に可能か等を試したりしてみれば、容易にわかることです(※1)。もちろん、上記のことは、基本論点の抽出ができることが前提です。現在の予備試験では、その水準にすら達していない人が相当数いるというのは、既に説明したとおりです。しかし、それは「一応の水準になるための最低限の勉強」であって、「優秀・良好を狙う勉強」とは無関係です。
※1 現在の司法試験における一応の水準が、「規範の明示と事実の摘示の概ね一方がそれなりにできていれば、他方が不十分でもよい。」というレベルであることについては、以前の記事(「令和4年司法試験の結果について(5)」)で説明しました。
2.一応の水準の真ん中くらいが合格水準だ、という話をすると、「予備試験は3~4%しか受からない試験なのに、どうして合格レベルがそんなに低いのか。」と疑問に思う人もいるかもしれません。「予備試験は極端に合格率が低いのだから、誰もが書けるようなことを普通に書いていては論文に受からない。」というのは、予備試験ではよくある誤解です。そのような誤解が生じるのは、短答受験者ベースの最終合格率を見ているからです。以下は、昨年までの予備試験の短答受験者ベースの最終合格率等の推移です。年の表記において省略された年号は、平成を指します。
年 | 短答 受験者数 |
最終 合格者数 |
最終合格率 (短答受験者ベース) |
23 | 6477 | 116 | 1.79% |
24 | 7183 | 219 | 3.04% |
25 | 9224 | 351 | 3.80% |
26 | 10347 | 356 | 3.44% |
27 | 10334 | 394 | 3.81% |
28 | 10442 | 405 | 3.87% |
29 | 10743 | 444 | 4.13% |
30 | 11136 | 433 | 3.88% |
令和元 | 11780 | 476 | 4.04% |
令和2 | 10608 | 442 | 4.16% |
令和3 | 11717 | 467 | 3.98% |
マスメディアや予備校、法科大学院等が流布する情報で目にするのは、この短答受験者ベースの最終合格率でしょう。このような数字を見て、「予備試験は上位3~4%しか受からない。だから、誰も書かないような高度な内容でないと合格答案にならない。」と言われると、「そうだよな。」と思ってしまいがちです。しかし実際には、論文は短答合格者しか受験できません。ですから、論文の合格答案の水準を考えるに当たっては、短答合格者(≒論文受験者)ベースの数字を見なければならないのです。以下は、予備試験における論文受験者ベースの論文合格率等の推移です。年の表記において省略された年号は、平成を指します。
年 | 論文 受験者数 |
論文 合格者数 |
論文合格率 |
23 | 1301 | 123 | 9.45% |
24 | 1643 | 233 | 14.18% |
25 | 1932 | 381 | 19.72% |
26 | 1913 | 392 | 20.49% |
27 | 2209 | 428 | 19.37% |
28 | 2327 | 429 | 18.43% |
29 | 2200 | 469 | 21.31% |
30 | 2551 | 459 | 17.99% |
令和元 | 2580 | 494 | 19.14% |
令和2 | 2439 | 464 | 19.02% |
令和3 | 2633 | 479 | 18.19% |
令和4 | 2695 | 481 | 17.84% |
平成25年以降は、20%弱、5~6人に1人くらいの割合で推移していることがわかります(※2)。ですから、上位2割弱になる程度の内容の答案を書いていれば、合格答案になるのです。予備試験の場合、論文対策を十分にしないまま受験している人が相当数いるので、基本論点すら拾えないレベルの答案が多数を占めます。その結果、前記1で示した程度の水準でも、合格レベルとなってしまうのでした。
※2 以前の記事(「令和4年予備試験論文式試験の結果について(1)」)で説明したとおり、今年は、短答合格者の基準人数を2800人に引き上げた一方で、論文合格者の基準人数が450人のままに据え置かれた結果、論文受験者ベースの論文合格率は低めの数字となっています。
3.最後に、得点のバラ付きについて考えます。論文式試験の得点は、各科目について得点調整(採点格差調整)がされるため、各科目の得点の標準偏差は毎年常に同じ数字です(法務省の資料で「配点率」と表記されているものに相当します。)。しかし、各科目の得点を足し合わせた合計点の標準偏差は、年によって変動し得る。そのことは、以下の表をみればわかります。憲民刑の3科目、100点満点で、ABCの3人の受験生が受験したと想定した場合の得点の例です。
X年 | 憲法 | 民法 | 刑法 | 合計点 |
受験生A | 90 | 10 | 50 | 150 |
受験生B | 50 | 90 | 10 | 150 |
受験生C | 10 | 50 | 90 | 150 |
Y年 | 憲法 | 民法 | 刑法 | 合計点 |
受験生A | 90 | 90 | 90 | 270 |
受験生B | 50 | 50 | 50 | 150 |
受験生C | 10 | 10 | 10 | 30 |
X年もY年も、各科目における得点のバラ付きは、90点、50点、10点で同じです。しかし、合計点のバラ付きは、Y年の方が大きいことがわかります。このように、各科目の得点のバラ付きが一定でも、ある科目で良い得点を取る受験生は他の科目も良い得点を取り、ある科目で悪い得点を取る受験生は他の科目も悪い得点を取るというように、科目間の得点についての相関性が高まると、合計点のバラ付きが大きくなるのです。
実際の数字を見てみましょう。以下は、法務省の公表している得点別人員調を基礎にして算出した予備試験の論文式試験における合計点の標準偏差の推移です。年の表記において省略された年号は、平成を指します。
年 | 標準偏差 |
23 | 39.4 |
24 | 37.3 |
25 | 41.3 |
26 | 39.4 |
27 | 39.6 |
28 | 44.2 |
29 | 52.5 |
30 | 44.4 |
令和元 | 44.2 |
令和2 | 44.0 |
令和3 | 46.0 |
令和4 | 48.1 |
平成28年以降、標準偏差が高めの数字で推移するようになっていることがわかります(ちなみに、当サイトが規範と事実に特化した参考答案を掲載するようになったのが、平成27年です。)。すなわち、科目間の得点の相関性が高まり、そのことによって、論文の合計点のバラ付きが大きくなってきているのです。
では、合計点のバラ付きが大きくなると、どのような現象が生じるのでしょうか。下記の表をみて下さい。これは、X年とY年という異なる年に、100点満点の試験を10人の受験生について行ったという想定における得点の例です。
X年 | Y年 | |
受験生1 | 60 | 80 |
受験生2 | 55 | 70 |
受験生3 | 50 | 60 |
受験生4 | 45 | 50 |
受験生5 | 40 | 40 |
受験生6 | 35 | 30 |
受験生7 | 30 | 15 |
受験生8 | 20 | 10 |
受験生9 | 15 | 5 |
受験生10 | 10 | 0 |
平均点 | 36 | 36 |
標準偏差 | 16.24 | 27.00 |
X年とY年は、平均点は同じですが、得点のバラ付きを示す標準偏差が異なります。上記において、10人中の上位2名を合格とすると、合格率は同じ2割です。しかし、合格点をみると、X年は55点が合格点であるのに対し、Y年は70点が合格点となります。このように、得点のバラ付きが大きくなると、同じ平均点・合格率でも、合格点が上昇するのです。現在の論文式試験は、「400人基準」や「450人基準」のように、人数を基準にして合格点が決まっているとみえます(「令和4年予備試験論文式試験の結果について(1)」)。また、前記2でみたとおり、近時は概ね2割弱の合格率で推移しています。ですから、上記のことは、現在の論文式試験によく当てはまるのです。
このことを受験テクニック的に考えると、次のようなことがいえます。すなわち、現在の司法試験・予備試験は、共通して、基本論点の規範と事実に極端な配点があり、基本論点について、規範を明示して、事実を摘示しつつ当てはめるスタイルで答案を書く人は、どの科目も上位になりやすい傾向にあります。このことが、科目間の相関性の高まりとして表れている。また、合計点のバラ付きの拡大による合格点の上昇は、ある特定の科目でたまたま良い得点が取れたというだけでは、合格するのが難しくなること、逆にいえば、安定して全科目で得点できる必要があることを意味します。その結果、上記のスタイルで書けない人は、ますます合格しにくくなり、論文特有の「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい」法則が成立しやすくなるというわけです。このような傾向を踏まえた対策は、前記1で説明したとおり、 「優秀・良好を狙う勉強をすること」ではなく、「規範の明示と事実の摘示というスタイルで書くクセを身に付けること、そのスタイルで書き切れるだけの筆力を身に付けること」です。そのための最もわかりやすい勉強法は、記憶作業は規範部分にとどめ(※3)、過去問等を素材にして答案を書きまくるということです。
※3 規範インプット用の教材としては、当サイト作成の「司法試験定義趣旨論証集」があります(ただし、現時点では一部科目のみ)。