1.ここ数年、司法試験の結果が出るたびに注目されるのが、予備組の結果です。今年は、予備試験合格の資格で受験した475人中、441人が合格。受験者合格率は、92.8%でした。9割超えは4年連続です。
以下は、予備組が司法試験に参入した平成24年以降の予備試験合格資格で受験した者の合格率等の推移です。元号の省略された年の表記は、平成の元号によります。なお、予備組の受験者が昨年より122人も増加したのは、「今年増加した。」のではなく、「昨年の受験者数が予備組受験者の数を適切に反映していなかった。」というだけのことです(「令和6年司法試験の受験予定者数について(2)」)。「今年になって予備組の受験者が急増した。」という認識を基礎とする言説は、いずれも不適切です。
年 | 受験者数 | 合格者数 | 受験者 合格率 |
前年比 |
24 | 85 | 58 | 68.2% | --- |
25 | 167 | 120 | 71.8% | +3.6 |
26 | 244 | 163 | 66.8% | -5.0 |
27 | 301 | 186 | 61.7% | -5.1 |
28 | 382 | 235 | 61.5% | -0.2 |
29 | 400 | 290 | 72.5% | +11.0 |
30 | 433 | 336 | 77.5% | +5.0 |
令和元 | 385 | 315 | 81.8% | +4.3 |
令和2 | 423 | 378 | 89.3% | +7.5 |
令和3 | 400 | 374 | 93.5% | +4.2 |
令和4 | 405 | 395 | 97.5% | +4.0 |
令和5 | 353 | 327 | 92.6% | -4.9 |
令和6 | 475 | 441 | 92.8% | +0.2 |
予備組の合格率の推移は、基本的に、受験者全体の論文合格率の変動と相関します。以下は、受験者全体の短答合格者ベースの論文合格率及びその前年比との比較です。
年 | 予備組の 受験者 合格率 |
前年比 | 受験者全体の 論文合格率 |
前年比 |
24 | 68.2% | --- | 39.3% | --- |
25 | 71.8% | +3.6 | 38.9% | -0.4 |
26 | 66.8% | -5.0 | 35.6% | -3.3 |
27 | 61.7% | -5.1 | 34.8% | -0.8 |
28 | 61.5% | -0.2 | 34.2% | -0.6 |
29 | 72.5% | +11.0 | 39.1% | +4.9 |
30 | 77.5% | +5.0 | 41.5% | +2.4 |
令和元 | 81.8% | +4.3 | 45.6% | +4.1 |
令和2 | 89.3% | +7.5 | 51.9% | +6.3 |
令和3 | 93.5% | +4.2 | 53.1% | +1.2 |
令和4 | 97.5% | +4.0 | 56.2% | +3.1 |
令和5 | 92.6% | -4.9 | 56.5% | +0.3 |
令和6 | 92.8% | +0.2 | 53.8% | -2.7 |
予備組は、短答でほとんど落ちないので、受験者全体の論文合格率との相関が強くなるのです。論文が受かりやすい年は、予備組の合格率は高くなりやすく、論文が受かりにくい年は、予備組の合格率は下がりやすいというわけです。
その目でみると、昨年・今年は、逆の動きになっていることに気が付くでしょう。昨年は、受験者全体の論文合格率は微増ないし横ばいであるのに、予備組の合格率は下がっている。今年は、受験者全体の論文合格率は下がっているのに、予備組はわずかながら合格率が上がっている。「9割超えてんだから誤差みたいなもんじゃね?」という感じもしますが、本当にそう言い切っていいものか。ちょっと考えてみましょう。
2.そもそも、ここ数年の予備組の圧倒的合格率の原因はなにか。20代前半の予備組は、昔から9割を超える合格率でした。それが、最近では、20代後半以降、とりわけ、従来は低い合格率だった年配予備合格者までが、高い合格率を叩き出すようになってきた。それが、予備組全体の合格率を圧倒的な数字に引き上げたのでした(「令和4年司法試験の結果について(8)」)。
そのことを踏まえると、昨年・今年の予備組の合格率の変動も、年配者の動向と関係があるのではないか。以下は、予備組の年代別の受験者合格率等をまとめたものです。なお、今年は19歳以下が2人受験して2人合格していますが、ここでは大勢に影響がないので省いています。
年齢 | 受験者数 | 合格者数 | 受験者 合格率 |
20~24 | 254 | 250 | 98.4% |
25~29 | 81 | 79 | 97.5% |
30~34 | 29 | 29 | 100% |
35~39 | 42 | 36 | 85.7% |
40~44 | 20 | 16 | 80.0% |
45~49 | 13 | 12 | 92.3% |
50以上 | 34 | 17 | 50.0% |
これだけを見ても、今ひとつピンと来ない、というのが、正直なところでしょう。平成28年と令和4年以降の結果を比較すると、その意味がわかります。以下は、その比較表です。参考のため、再下欄に各年の受験生全体の論文合格率(短答合格者ベース)を記載しています。
年齢 |
令和6 | 令和5 | 令和4 | 平成28 |
20~24 | 98.4% | 97.4% | 99.1% | 94.2% |
25~29 | 97.5% | 100% | 96.9% | 72.7% |
30~34 | 100% | 96.8% | 93.5% | 43.5% |
35~39 | 85.7% | 83.3% | 91.3% | 45.6% |
40~44 | 80.0% | 93.1% | 95.4% | 23.6% |
45~49 | 92.3% | 77.7% | 90.9% | 22.5% |
50以上 | 50.0% | 47.8% | 100% | 31.4% |
受験生全体 論文合格率 |
53.8% | 56.5% | 56.2% | 34.2% |
20代前半だけをみると、全体の合格率が34.2%だった平成28年でも、9割を超えていました。しかし、平成28年当時は、歳を取るにつれてどんどん合格率が下がっていき、40代以上になると、全体の合格率より低い数字にまで落ち込んでいたのでした。かつては、それが当たり前だったのです。それが、令和4年は、年配受験者も9割超えを達成してしまいました。とりわけ象徴的なのは、50歳以上の合格率100%です。21人受験して全員合格なので、母数が少ないことによる異常値ともいえない。これは、司法試験史上初の快挙といえました。
令和4年の華々しい活躍と比較すると、昨年の年配受験者の結果は、とても残念なものに終わっているといえるでしょう。とりわけ象徴的なのは、前年に合格率100%だった50歳以上が、全体合格率より低い水準に沈んでいるという点です。昨年、全体の論文合格率が微増ないし横ばいだったのに、予備組の論文合格率が下がってしまったのは、年配受験者の合格率低下によるものだったのでした。そこには顕著な変化があり、「誤差みたいなもんじゃね?」とはいえないことが分かります。
さて、上記のような目線で今年の数字を見ると、40代前半が大きく合格率を落とす反面で、30代前半が全員合格(29人中29人合格)を達成し、40代後半が大きく合格率を上昇させ、30代後半、50代以上はやや合格率を上昇させるという感じになっています。全体でみれば、年配受験者の合格率は、微増とみることができるでしょう。これが、今年、予備組合格率をわずかながら上昇させた原因であったといえます。とはいえ、30代後半・40代前半は9割に届いていませんし、50代以上は受験生全体の論文合格率すら下回っており、令和4年の快挙と比較すると、引き続き残念な結果だったと言わざるを得ません。
3.上記のような年配世代合格率の顕著な変化。その背後には、論文を攻略するための重要なヒントが隠れています。
(1)そもそも、従来、なぜ年配になると合格率が急激に下がっていたのか。その要因は、2つあります。1つは、以前の記事でも説明した「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい。」法則です(「令和6年司法試験の結果について(7)」)。不合格者が翌年受験する場合、必ず1つ歳を取ります。不合格を繰り返せば、どんどん年配になっていく。その結果、年配受験者の多くが、不合格を繰り返した「極端に受かりにくい人」として滞留し、結果的に、年配受験者の合格率を下げていた。「極端に受かりにくい人」は、運良く予備試験を突破できても、司法試験で再び苦労する結果となっていたのでした。これは、年齢自体が直接の要因として作用するのではなく、不合格を繰り返したことが年齢に反映されることによって、間接的に表面化したものといえます。
もう1つは、年齢が直接の要因として作用する要素です。それは、加齢による反射神経と筆力の低下です。論文では、極めて限られた時間で問題文を読み、論点を抽出して、答案に書き切ることが求められます。そのためには、かなり高度の反射神経と、素早く文字を書く筆力が必要です。これが、年齢を重ねると、急速に衰えてくる。これは、現在の司法試験では、想像以上に致命的です。上記の「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい。」法則とも関係しますが、論点抽出や文字を書く速度が遅いと、規範を明示し、問題文の事実を丁寧に書き写すスタイルでは書き切れなくなります。どうしても、規範の明示や事実の摘示を省略するスタイルにならざるを得ない。そうなると、わかっていても、「受かりにくい人」になってしまうのです。この悪循環が、上記のような加齢による合格率低下の要因になっていたのでした。
(2)では、最近になって、年配世代の合格率が急激に上昇したのはなぜか。
1つは、正しい情報の流通により、「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい。」法則が、あまり作用しなくなってきた、ということです。当サイトでは、10年くらい前から、上記の「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい。」法則の原因が、答案の書き方、スタイルにあることを繰り返し説明するようになりました(「平成27年司法試験の結果について(12)」)。平成27年からは、規範の明示と事実の摘示に特化したスタイルの参考答案も掲載するようになりました。「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい。」法則は、どの部分に極端な配点があるかということについて、単に受験生が知らない(法科大学院、予備校等で規範と事実を書き写せと指導してくれない。)という、それだけのことによって成立している法則です。ですから、受験生に適切な情報が流通すれば、この法則はあまり作用しなくなる。正確な統計があるわけではありませんが、当サイトの読者層には、年配の予備試験受験生が多いようです。法科大学院や予備校の指導に疑問があって、色々調べているうちに当サイトにたどり着くケースが多いようです。その影響が一定程度あって、年配の予備組受験生にも、正しい情報が流通するようになったのではないか。また、最近では、SNSや短期合格者のnote等を通じて、既存の予備校等とは異なる立場から情報を発信する人も増えてきており、その中には、規範の明示や事実の摘示の重要性を説くものが相当数あるようです。このような正しい情報の流通が、年配世代合格率の上昇に寄与したと考えることができるでしょう。
もう1つは、加齢による反射神経や筆力の衰えを意識的に訓練することで克服できた、ということです。加齢による反射神経や筆力の衰え自体は、肉体的・生理的なもので、避けようがないことです。しかし、そのことを意識して、時間内に論点を抽出し、必要な文字数を書き切れるよう必死に訓練すれば、衰えをカバーできる。令和4年に50代以上の予備合格者が全員合格できたことは、そのことを象徴的に示したものといえます。今年に関しても、70代が2名受験して2名とも合格しており、たとえ70代になっても、意識して訓練さえすれば、論文合格に必要な筆力を身につけることが不可能でないことを表しているといえるでしょう。
正しい情報が流通し、かつ、加齢による衰えを意識して必死に頑張った。そのことが、年配世代の合格率の急激な上昇となって現れたのでしょう。
(3)では、令和4年に9割超えだった年配予備合格者が、昨年・今年はなぜ残念な結果に終わっているのか。正確なところはわかりませんが、当サイトは、油断があるのだろうと思っています。上記のとおり、加齢による反射神経や筆力の衰えは、意識して訓練すれば克服できます。逆にいえば、意識して訓練しないと克服できない。これまで、年配予備合格者は、「予備に受かっても司法試験では筆力不足でやられてしまうかも。」という意識をもって、予備の合格発表後に危機感をもって筆力アップに励んできた。それが、令和4年の結果に繋がった。しかし、昨年・今年の年配予備合格者は、予備組の全体合格率が9割を超えているのを見て、「何もしなくても余裕で受かるんじゃね?」と考えてしまった。それで、「加齢による反射神経や筆力の衰えを意識して訓練する。」という努力を怠る人が多かったのでしょう。加えて、昨年から在学中受験で筆力のある若手の受験が増加し、筆力負けが合否に直結しやすかったという要素もありました。これらの要素が重なって、上記の結果に繋がったのだと思います。今年、「予備に受かったんだから余裕じゃね?」という感覚で筆力を鍛えることなく、平均5頁(1行30文字換算)以下の答案を書いて不合格だったという人は、特にこの点に留意すべきでしょう。来年は、時間内に安定して6頁以上、できれば8頁まで書き切る筆力を身につけましょう。予備合格者は論文合格に必要な知識・理解や基本的な答案スタイルは備わっているのが普通なので、筆力を身につけるだけで、多くの場合は合格レベルをクリアします。
4.最近では、法科大学院修了生の間でも、当サイトを通じて、規範の明示と事実の摘示の重要性を知る人が増えてきているようです。そうなると、この傾向は予備組だけに限らず、法科大学院修了生にも及ぶようになるでしょう。以前の記事で説明したとおり、「受かりにくい人は、何度受けても受かりにくい。」法則は、修了生との関係では修了年度別の合格率に反映されます(「令和6年司法試験の結果について(7)」)。したがって、修了年度別の合格率に傾向変化が生じれば、その兆候を知ることができる。最近、5回目に相当する修了生の論文合格率がその前年の修了生の論文合格率より少しだけ高くなるという傾向がみられる(「令和4年司法試験の結果について(12)」」)ことは、1つの兆候であるとみえます。背後にある要素が変動した場合にどの数字に現れるかを理解しておくと、一般的に言われていることとは異なる、とても興味深い現象を把握することができるようになるのです。