1.令和5年から、在学中受験が可能になりました。その影響で、予備試験を受験する法科大学院生、とりわけ、出願時に法科大学院生である受験者(※1)は激減しています(「令和5年予備試験口述試験(最終)結果について(4)」)。このことに着目して、「法科大学院生が受験しなくなったから、予備試験の難易度は下がるに違いない。」という説明がされることがあるようです。直感的には、「そうかも。」と感じられるところ。本当のところは、どうなのでしょうか。
※1 出願時に卒業間際の大学生で、大学卒業後に法科大学院に進学した場合、受験時には法科大学院生なので、その意味での法科大学院生の受験者はそれなりに存在していることには注意が必要です。SNS等では、そもそもこの点の事実認識を誤っているとみえる投稿も散見されます。
2.まずは、最も基本的な数字、すなわち、受験者合格率を見てみましょう。以下は、直近5年の受験者ベースの最終合格率等の推移です。
年 (令和) |
受験者数 | 最終 合格者数 |
最終 合格率 |
元 | 11780 | 476 | 4.04% |
2 | 10608 | 442 | 4.16% |
3 | 11717 | 467 | 3.98% |
4 | 13004 | 472 | 3.62% |
5 | 13372 | 479 | 3.58% |
これを見ると、合格率は令和2年以降どんどん下がっていて、数字の上での難易度は上がっていることがわかります。最終合格率は、分母の受験者数と、分子の最終合格者数の相関関係によって決まります。分母の受験者数を見ると、令和2年にコロナ禍の影響で一時的に減少したことを除いて、増加傾向が続いていることがわかります。法科大学院生の受験者が激減したはずの令和5年も、受験者は普通に増加しています。一方で、分子の最終合格者の水準は大きな変化がない。これは、論文で「450人基準」が維持されてきたことによるのでした(「令和5年予備試験論文式試験の結果について(1)」)。結果として、分母が増えて分子が変わらないので、合格率は低下傾向となっていたのでした。
このように、数字の上での難易度という観点からみると、「法科大学院生の受験者が減ったから、難易度が下がった。」とは言えないことがわかります。むしろ、令和2年までは4%程度だったものが、今では4%を割り込んでいて、「100人受けて4人も受からない試験」になってしまっています。今後も受験者の増加傾向が続くなら、さらに下がっていきそうな雰囲気で、かつての旧司法試験を上回るような難関試験になりつつあるともいえるでしょう。
3.もっとも、一般に、「法科大学院の受験者が減ったから、難易度が下がった。」というときには、単に法科大学院生の受験が減ったから受験者全体の数が減り、競争倍率が下がった、という意味ではなく、「実力のある法科大学院生がいなくなったのだから、全体のレベルが下がるに違いない。」という意味で解釈されていることでしょう。この点はどうか。これに関しては、短答・論文を切り分けることなく、漠然と感覚的に把握しようとすると、「そうかも。」と感じられるでしょう。しかし、当サイトで繰り返し説明しているとおり、短答・論文は全く性質が異なる試験なので、それぞれを切り分けて、緻密に分析しなければ、正しい認識は得られません。
(1)まず、短答段階で考えましょう。予備を新たに受験する人のほとんどが、この短答でやられてしまいます。その意味では、新規参入者にとって最大の難関といえる。その短答において、新規参入者に立ちふさがる最強の実力者は誰か。それは、「短答常勝将軍」の名をほしいままにする高齢受験者達です(「令和5年予備試験口述試験(最終)結果について(3)」)。法科大学院生のような若造ではない。筆者の知る限りでも、「短答だけなら毎年のように上位400位に余裕で入るので、論文は廃止して短答だけで合否を決めて欲しい。」と言っている高齢受験者は結構いるものです。このことを理解していれば、短答について、「法科大学院生の受験者が減ったから、難易度が下がった。」なんてとても言えない。「短答常勝将軍」の人達は、毎年のように受験するので、ほとんど減少しません。例外は、コロナ禍の間です。なので、短答についていえば、コロナ禍で高齢受験者の相当数が受験を控えた時期こそが、「難易度が下がった。」と言うことができたのでした。
(2)次に、論文段階を考えましょう。当サイトで繰り返し説明しているとおり、論文は若手優遇策が採用され、圧倒的に若手有利です(「令和5年予備試験口述試験(最終)結果について(3)」)。若手という意味では法科大学院生も若手ですが、大学生はもっと若手です。令和4年はイレギュラーな数字でした(※2)が、基本的に、論文段階では、法科大学院生も大学生も高い合格率で、大きな差はないというのが、在学中受験導入前の傾向でした(「令和2年予備試験口述試験(最終)結果について(4)」、「令和3年予備試験口述試験(最終)結果について(3)」)。法科大学院生の受験が減って、その埋め合わせとして大学生が参入してきたという状況をもって、「難易度が下がった。」なんて言えるのか。確かに、従来、法科大学院生と大学生が職種別論文合格率で突出して上位だったのだから、そこから法科大学院生がいなくなれば、残る大学生の一人勝ちじゃん、という、とても大雑把な意味では、「大学生はチャンス!」と言うことができるでしょう。しかし、ひとりの受験生という立場でいえば、論文に受かりやすい属性を持つ大学生同士の潰し合いの構図になったというだけですから、全然チャンスじゃない。知識がないくせに当てはめでギャンギャン頑張りやがる魔神系受験者がさらに増加なさるので、全体の得点分布を考えると、より当てはめに配点が振られやすい状況が生じ得る。事実の摘示の要求水準という目でみれば、むしろ難易度は上がるとすらいえるでしょう(特に、刑法、刑事実務はその傾向が強くなる可能性が高そうです。)。
※2 令和4年は、大学生の論文合格率が低く、法科大学院生の論文合格率が高い、という現象が起きましたが、それは選択科目の導入による一時的なものと考えられます(「令和5年予備試験口述試験(最終)結果について(5)」)。
4.「そうは言っても、これまでロー生が占めていた合格枠が空くんだから、やっぱり簡単になるんじゃないの?」などと思ったりする人もいるかもしれません。しかしその理屈は、法科大学院生の受験者に代わる受験者が存在しない場合に成り立つ論理です。実際には、上記2で説明したとおり、出願時法科大学院生の受験者が激減しても受験者数は減っておらず、むしろ、増えている。コロナ禍で受験を控えていた高齢受験者と新規参入の大学生が、その主力です。前者は短答の合格枠を、後者は論文の合格枠を、しっかり埋めてくる。空いている合格枠なんてありません。「これまでロー生が占めていた合格枠が空くんだから、簡単になる。」などとは、到底言えないのです。
5.「これまで主力だったロー生が激減したのに、どうしてそんなに影響がないの?」と思う人もいるかもしれません。しかし、そもそも、「これまで主力だったロー生」という認識自体が誤りです。令和になった頃には、既に予備試験合格者の過半数を大学生が占めるようになっていました(「令和2年予備試験口述試験(最終)結果について(1)」)。しかし、その大学生の受験者も、8割強が短答で振るい落とされる試験です。出願時法科大学院生の受験が激減した令和5年になっても、それは変わらない(「令和5年予備試験口述試験(最終)結果について(4)」)。前記3(1)のとおり、このことは、今後も変わらないでしょう。短答を生き残れば、論文は3~4割合格できるパラダイス状態です(※3)が、前記3(2)のとおり、魔神系同士の潰し合いになるので、上位3~4割に入るのは、言うほど簡単ではない。このことは、肝に銘じておくべきです。
※3 これは在学中受験が始まる前からの傾向で、法科大学院生がいるかいないかに関係なく、大学生は大体論文で3~4割受かります(「令和2年予備試験口述試験(最終)結果について(4)」、「令和3年予備試験口述試験(最終)結果について(3)」)。出願時法科大学院生が激減した令和5年も、それは変わっていません(「令和5年予備試験口述試験(最終)結果について(3)」)。
6.以上のようにみてくると、「法科大学院生が受験しなくなったから、予備試験の難易度は下がるに違いない。」なんて言える状況でないことがわかります。「そっかー予備って簡単になったんだー。」などと安易に考えて受験するのは、とても危険なことです。SNS等では、「ロー生がいなくなって予備はザルになった。」のような言説は反響を呼びやすく、安易に流通しがちです。受け取る側が、正しくその真偽を判断する必要がある。そのためには、基礎となる情報を正確に把握した上で、緻密に考えることが必要になるのです。その一助となることが、当サイトの役割だと思っています。