薬事法事件判例無視はとても危険
(令和6年司法試験論文式公法系第1問)

1.令和6年司法試験公法系第1問では、判例を踏まえた検討が求められていました。これはもう例年のことですね。

問題文より引用。太字強調は筆者。)

X:規制①及び規制②の憲法適合性の検討はこれからですので、この点について甲さんに判例を踏まえたご検討をお願いしたいと考えております。

〔設問〕
 あなたが検討を依頼された法律家甲であるとして、規制①及び規制②の憲法適合性について論じなさい。なお、その際には、必要に応じて、参考とすべき判例や自己の見解と異なる立場に言及すること。既存業者の損失補償については、論じる必要がない。

(引用終わり)

 本問で差が付くと思われるのは、規制①で薬事法事件判例の基本的な判断枠組みを明示しているかどうかでしょう。直近の先例としては、令和2年司法試験がありました。

令和2年司法試験論文式試験出題の趣旨より引用)

 薬事法事件判決(最大判昭和50年4月30日民集29巻4号572頁)が参考になる。……(略)……同判決は,一般に許可制は職業の自由に対する強力な制限であるから,それが合憲とされるためには重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要するとしている。また,許可制による規制が消極目的から採られた場合には,許可制に比べて職業の自由に対するより緩やかな制限である職業活動の内容及び態様に対する規制によっては目的を十分に達成することができないと認められることを要するとされる。

(引用終わり)

令和2年司法試験の採点実感(公法系科目第1問)より引用)

 関連する判例に言及しつつ論ずるべきことは問題文の要求でもあるところ,全く判例に言及しないまま論述を進める答案が少なからずあった。一般論としても,法曹を目指す者が関連する判例を無視して議論を展開することは許されないであろう。まして,本設問のように当然言及してしかるべき関連判例が存在する事案については,当該判例を明示し,その論旨を踏まえて自らの見解を示すことは必須である。

(引用終わり)

 当サイトで繰り返し説明しているとおり、最近の憲法は、「判例無視で人権の重要性と規制態様の強度をテキトーに羅列して、とりあえず中間審査基準」という予備校答案を抹殺してやろう、という意図を感じさせる出題傾向となっています(「「効果的で過度でない」の今後」、「近時の傾向との関係(令和5年司法試験公法系第1問)」、「考査委員激おこ答案(令和5年予備試験憲法)」)。その傾向を踏まえると、薬事法事件判例を無視して中間審査、というのは危険です。「判例も中間審査と評価されてるから大丈夫でしょ。」と思っている人もいるかもしれませんが、そういう問題ではありません。判例の存在を示した上で、判例の示した基準を明示しているかどうかが重要なのです。

2.判例を無視すると、どうなるか。これは、同じような人がどれくらいいるかによります。圧倒的多数の人が判例を無視した場合には、堂々と判例を無視しても合格答案になる。直近の例では、令和5年予備試験憲法があります。

(「考査委員激おこ答案(令和5年予備試験憲法)」より引用。太字強調は筆者。)

 冒頭で挙げたような答案を実際に書くと、どのくらい悲惨な結果となるのか。これは、仲間がどれほどいるかにかかっています。相当多数の答案が冒頭のような感じであれば、助かる可能性が高いでしょう。適正な得点分布を実現するためには、そのような答案にも点数を与えざるを得ないからです。「赤信号、みんなで渡れば怖くない。」という論文格言は、このような場合に当てはまります。ひとりで赤信号を渡っていたら、跳ね飛ばされてしまうでしょう。だけど、カルガモの親子の如く列をなして渡ってこられたら、車の方が止まらざるを得ない

(引用終わり)

 令和5年予備試験憲法では、結果的に、NHK記者事件判例を書いた人がとても少なかったために、堂々と判例を無視しても、当てはめ次第で合格答案になったのでした。カルガモ作戦が通用した例といえるでしょう。もっとも、それは問われた判例がマイナーだったからです。薬事法事件判例は、初学者でも知っている。著名すぎて困る、というくらいです。最近では、予備校ですら、薬事法事件判例を踏まえた答案例を示すことがあります。これを堂々と無視するのは、さすがに危険すぎるというものです。

3.とはいえ、当サイトとしても、さすがに、「判例無視は即死」なんて言うつもりはありません。ですが、薬事法事件判例を無視したことが原因の1つとなって致命的な結果に至ったとみられる例は存在します。それは、平成26年司法試験です。この年は、受験生全体のおよそ1割が公法系で最低ライン未満となって不合格になりました(「平成26年司法試験の結果について(10)」)。どうしてそんなことになったのかというと、2つの悪条件が重なったためです。1つは、憲法で問われたのが職業の自由一本だったこと。2つの人権に対する制約が問われ、それぞれの配点が5:5くらいであれば、薬事法事件判例を無視したことで職業の自由に関する配点を大幅に落としても、他方で挽回できるので、最低ライン未満にはなりにくいのですが、職業の自由1本で問われた場合には、挽回が効きにくいのです。もう1つは、行政法が難しかったということ。最低ラインは系別の合計点(素点ベース)で判断されるので、憲法が悪くても、行政法で挽回すれば最低ライン未満を回避できます。しかし、平成26年は行政法が難しかったので、回避できない人が多かった。結果として、1割が公法系の最低ラインで不合格にされてしまったのでした。
 今年はというと、平成26年にやや近い条件の悪さです。規制①と規制②で異なる人権が問われているので、薬事法事件判例を無視したことで規制①の配点を落としても、規制②を頑張れば挽回できます。ところが、以前の記事で説明したとおり、規制①と規制②の配点は、7:3か8:2くらいになりそう(「規制①と規制②の比重(令和6年司法試験公法系第1問)」)。そうすると、規制②で挽回しにくいということになるのです。しかも、規制①は、当てはめ大魔神的要素よりも、規制構造読取り型の要素の方が大きく、しかも、規制構造の読取りは容易でないので、当てはめでの挽回が効きにくい。この点は、平成26年より条件が悪いともいえるのです。そして、問題は行政法です。今年は、行政法が難しく、素点ベースで厳しい点になりやすいといえます。そうなると、行政法で挽回するのも難しい。こうしたことを考えると、今年は、薬事法事件判例をガン無視したことが原因の1つとなって公法系で最低ライン未満となる、という危険がそれなりにあるといえるのです。

4.今年に関しては、薬事法事件判例を無視していても、規制構造の読取りが的確であるなど、当てはめが充実していれば、合格答案になり得るかもしれません。しかし、判例重視の傾向は年々強まっていて、判例で書く受験生も年々増えてきています。判例無視のリスクは、どんどん高まってきている。とりわけ、薬事法事件判例のような著名なものは、条件が悪いと最低ライン未満となる原因にもなりかねません。過去に合格した先輩などから、「判例なんて無視でいいよ。人権の重要性と規制態様で中間審査して当てはめ頑張ればA来るから、ソースはオレ。」のように言われることはよくあるでしょうが、それは当時そうだった、というだけです(「「効果的で過度でない」基準が過度に効果的だった理由」)。この点に関しては予備校が対応できていないので、受験生が自分でなんとかするしかありません。

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