1.令和3年司法試験の結果が公表されました。合格者数は、1421人でした。昨年は1450人でしたから、29人の減少ということになります。昨年は、初めて合格者数が1500人を下回りました。それで、「法曹養成制度改革推進会議決定が覆された。」などと話題になったものです。
(「法曹養成制度改革の更なる推進について」(平成27年6月30日法曹養成制度改革推進会議決定)より引用。太字強調は筆者。)
新たに養成し、輩出される法曹の規模は、司法試験合格者数でいえば、質・量ともに豊かな法曹を養成するために導入された現行の法曹養成制度の下でこれまで直近でも1,800人程度の有為な人材が輩出されてきた現状を踏まえ、当面、これより規模が縮小するとしても、1,500人程度は輩出されるよう、必要な取組を進め、更にはこれにとどまることなく、関係者各々が最善を尽くし、社会の法的需要に応えるために、今後もより多くの質の高い法曹が輩出され、活躍する状況になることを目指すべきである。
(引用終わり)
もっとも、昨年の1450人という数字は、ぎりぎり「1500人程度」といえるものでした。昨年に関しては、これに加えて、短答と論文の合格率のバランスが崩れていた、という事情もありました。そのことから、当サイトでは、何らかのイレギュラーな要因があったのではないか、議論が紛糾して、このような微妙な数字に落ち着いたのではないか、という仮説を考えたのでした。
(「令和2年司法試験の結果について(1)」より引用。太字強調は原文のもの。)
今年は、平成28年や平成29年のように、何らかのイレギュラーな要因があったのでしょう。一方で、質の担保という観点から1500人を維持すべきでないという主張があり、もう一方では、いや推進会議決定があるのだからそれを尊重すべきだ、という意見があった。そこで、1500人を下回らせる一方で、ぎりぎり推進会議決定のいう「1500人程度」の枠に収まり得るような数字で両者が妥協した。そんなところなのではないか。これが、現在における当サイトの見立てです。
(引用終わり)
今年の合格者数は、1421人。これは、「1500人程度」と表現することが難しい数字です。一方で、今年は、短答・論文の合格率のバランスがよく、出願者数から事前に予測できる範囲にとどまっていました。
(「令和3年司法試験短答式試験の結果について(1)」より引用。太字強調は原文のもの。)
当サイトでは、今年の出願者数が公表された段階で、いくつかの場合を想定したシミュレーションを行っていました(「令和3年司法試験の出願者数について(2)」)。その際、論文合格者数1100人、1300人、1450人のそれぞれの場合を想定して、バランスのよい数字の組み合わせを試算しています。以下の表は、その当時の試算をまとめたものです。
受験者数 | 短答 合格者数 |
短答 合格率 (対受験者) |
論文 合格者数 |
論文 合格率 (対短答) |
論文 合格率 (対受験者) |
3378 | 2364 | 70.0% | 1100 | 46.5% | 32.5% |
2547 | 75.4% | 1300 | 51.0% | 38.4% | |
2650 | 78.4% | 1450 | 54.7% | 42.9% |
実際には、3424人が受験して、合格したのは2672人。受験者ベースの合格率は、78.0%でした。これは、上記の表でいえば、論文合格者数1450人を想定した場合の試算に近い数字です。
(中略)
今回の短答式試験の結果は、論文合格者数を昨年同様の水準にすることを見越したものだ、と考えて無理がない、ということができるでしょう。特にイレギュラーな要因が作用しない限り、論文合格者数は、昨年同様の水準(1450人前後)になりそうです。
(引用終わり)
実際の数字は、以下のとおりです。上記引用の推計と大きく違わないことがわかるでしょう。
受験者数:3424人
短答合格者数:2672人
短答合格率(対受験者):78.0%
論文合格者数:1421人
論文合格率(対短答):53.1%
論文合格率(対受験者):41.5%
今年は、「1500人程度」とは呼べないような数字であるにもかかわらず、粛々と合格者数が決まったのだろう、という感じがします。これが、昨年との違いです。
2.それでは、1421人という数字は、どのように決まったのでしょうか。以下は、これまでの合格者数の推移です。なお、年号の省略された年の記載は、平成の元号によります。
年 | 合格者数 |
18 | 1009 |
19 | 1851 |
20 | 2065 |
21 | 2043 |
22 | 2074 |
23 | 2063 |
24 | 2102 |
25 | 2049 |
26 | 1810 |
27 | 1850 |
28 | 1583 |
29 | 1543 |
30 | 1525 |
令和元 | 1502 |
令和2 | 1450 |
令和3 | 1421 |
平成20年から平成27年までは、一貫して、「〇〇人基準」、すなわち、5点刻みで最初に基準となる人数を超える累計人員となる得点を合格点とする、というルールで説明できました(「平成27年司法試験の結果について(1)」)。この頃は、合格者数の決定基準が非常に安定していた時代です。
ところが、平成28年は、1500人強の合格者数だったにもかかわらず、「1500人基準」では説明できない合格者数でした(「平成28年司法試験の結果について(1)」)。この年は、何らかの理由で、イレギュラーな合格者数の決まり方になっていたのでしょう。その年のイレギュラーな要因としては、例の漏洩問題の影響で法科大学院の教員が考査委員から外され、実務家が考査委員の多数を占めていたということがありました。当時、弁護士会は、合格者数の大幅な減少を主張していました(「平成30年司法試験の出願者数について(2)」)。また、元々、実務家考査委員というのは、合格点を下げて合格者数を増やすことには消極的だったのでした。
(司法制度改革審議会集中審議(第1日)議事録より引用。太字強調は筆者。)
藤田耕三(元広島高裁長官)委員 大分前ですけれども、私も司法試験の考査委員をしたことがあるんですが、及落判定会議で議論をしますと、1点、2点下げるとかなり数は増えるんですが、いつも学者の試験委員の方が下げることを主張され、実務家の司法研修所の教官などが下げるのに反対するという図式で毎年同じことをやっていたんです。学者の方は1点、2点下げたところで大したレベルの違いはないとおっしゃる。研修所の方は、無理して下げた期は後々随分手を焼いて大変だったということなんです。 そういう意味で学者が学生を見る目と、実務家が見る目とちょっと違うかなという気もするんです。
(引用終わり)
(「基本ルールTF/基準認証・法務・資格TF議事録(法務省ヒアリング)平成19年5月8日(火)」より引用。太字強調は筆者。)
佐々木宗啓(法務省大臣官房司法法制部参事官) 私 、ここに来る前に司法研修所の民事裁判の教官をやってございました。そして、弁護士になるにしても、何になるにしても、イロハであるものに要件事実の否認と抗弁の違いというものがございます。これについてのあってはならない間違いとして、無権代理の抗弁というものがございます。
これは昔でありましたら、1つの期を通じて間違いを冒すのが数名出るか出ないかであって、幻の抗弁と呼ばれていたのですが、最近になりましたら、それがクラスでちらほら見かけられるようになった。新60期のときには、いくつかのクラスに2桁出てしまっており,相当大変な事態になっているのではないかと思います。
(引用終わり)
そして、平成29年は、「1500人基準」で説明できる合格者数だったのですが、短答の合格率と論文の合格率のバランスが崩れていたことから、当初は1500人強を受からせるつもりはなかったのではないか、短答段階ではもっと少ない合格者数にするはずだったのに、論文合格判定の段階で異論が出て、急遽1500人強になったのではないか、と思わせるような数字でした(「平成29年司法試験の結果について(1)」)。この年は、考査委員に法科大学院教員が戻ってきた年でした(「平成30年司法試験の出願者数について(2)」)。このように、平成28年は「1500人基準」によらなかったという点で、平成29年は短答・論文の合格率のバランスが崩れていたという点で、それぞれ何らかのイレギュラーな要因があったのだろう、ということが伺われる結果でした。
その後、平成30年及び令和元年は、久しぶりに、「1500人基準」で説明ができ、短答・論文の合格率のバランスもよいという、安定した数字になりました(「平成30年司法試験の結果について(1)」、「令和元年司法試験の結果について(1)」)。
それが、再び乱れたのが、昨年でした。「1500人基準」で説明ができず、かつ、短答・論文の合格率のバランスも崩れているという、イレギュラーを感じさせる結果だったのでした(「令和2年司法試験の結果について(1)」)。これが、ここまでの合格者数の決定に関する推移です。
3.さて、以上を踏まえた上で、今年の結果はどうだったのか、みてみましょう。以下は、今年の合格点である755点前後における5点刻みの人員分布です。
得点 | 累計人員 |
765 | 1343 |
760 | 1387 |
755 | 1421 |
750 | 1459 |
745 | 1495 |
まず、注目すべきは、750点の累計人員が1459人だった、ということです。仮に、今年も1450人くらいにしよう、と思っていたのであれば、750点を合格点にすればちょうどよかったのです。このことは、人員分布の関係で偶然に1450人より少ない合格者数になったわけではない、ということを意味しています。
より重要なことは、合格点となった755点が、5点刻みで最初に1400人を超える得点だ、ということです。これは、「1400人基準」で説明できることを意味しています。前に説明したとおり、「〇〇人基準」で説明できるのは、安定期の特徴です。今年、短答・論文の合格率のバランスがよく、粛々と合格者数が決まったようにみえることは、「1400人基準」の採用を示唆するものといえるでしょう。つまり、今年は、当初から「1500人程度」の合格者数にするつもりはなかったとみえる。そうなると、「1500人程度」という法曹養成制度改革推進会議決定はどうなってしまったのか、ということになりますが、それは次回、詳しく説明したいと思います。